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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)65号 判決 2000年3月07日

原告

株式会社ジャパンエナジー

代表者代表取締役

訴訟代理人弁理士

被告

特許庁長官D

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成10年異議第72395号事件について平成11年1月6日にした決定を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「冷凍機油」とする特許第2683170号(平成3年7月9日特許出願、平成9年8月8日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

三浦慶郎らは、その後、本件発明の登録につき特許異議の申立てをした。

特許庁は、この申立てを平成10年異議第72395号事件として審理した結果、平成11年1月6日、「特許第2683170号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定をし、その謄本は、同年2月10日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(1)  本件請求項1に係る発明

ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパンおよびペンタエリスリトールから選ばれる少なくとも1種類の多価アルコールと炭素数3~12の1価脂肪酸より合成され、25℃での体積抵抗率が1013ないし1014Ω・cmオーダーであるエステル油を主成分とするジフルオロメタンとペンタフルオロエタンとの混合物を含有する冷媒用の冷凍機油。

(2)  本件請求項2に係る発明

ジフルオロメタンとペンタフルオロエタンとの混合冷媒が更に、1,1-ジフルオロエタン及び/又は1,1,1,2-テトラフルオロエタンを含有する冷媒である請求項1に記載の冷凍機油。

(3)  本件請求項3に係る発明

ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパンおよびペンタエリスリトールから選ばれる少なくとも1種類の多価アルコールと、炭素数3~12の1価脂肪酸と炭素数4~14の多塩基酸との混合カルボン酸とより合成され、25℃での体積抵抗率が1013ないし1014Ω・cmオーダーであるコンプレックスエステル油を主成分とするジフルオロメタンとペンタフルオロエタンとの混合物を含有する冷媒用の冷凍機油。

(4)  本件請求項4に係る発明

ジフルオロメタンとペンタフルオロエタンとの混合冷媒が更に、1,1-ジフルオロエタン及び/又は1,1,1,2-テトラフルオロエタンを含有する冷媒である請求項3に記載の冷凍機油。

3  決定の理由

決定の理由は、別紙決定書の理由写し(以下「決定書」という。)に記載のとおりであり、決定は、本件請求項1ないし4に係る発明は、刊行物1(特開平3-128992号公報。本訴甲第4号証)、刊行物2(特開平3-128991号公報。本訴甲第5号証)、刊行物3(特開平3-88892号公報。本訴甲第6号証)、刊行物4(米国特許第4,978,467号明細書、1990年。本訴甲第7号証)、刊行物5(欧州公開第430,169号公報1991年6月5日発行。本訴甲第8号証)、及び刊行物6(欧州公開第435,253号公報、1991年7月3日発行。本訴甲第9号証)に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、本件請求項1ないし4に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきである旨判断した。

(刊行物6の発行日(決定書9頁9行)の記載(1991年6月5日)は誤記であり、1991年7月3日が正しいものと認める。)

第3決定の取消事由

1  決定の認否

(1)  決定の理由1(手続きの経緯)、同2(本件発明)、同3(取消理由の概要)及び同4(証拠の記載事項)は認める。

(2)  同5(対比、判断)Ⅰ(請求項1に係る発明についての対比、判断。決定書10頁14行ないし14頁6行)のうち、10頁14行ないし12頁7行及び13頁8行ないし11行は認める。12頁14行ないし13頁6行は、刊行物1及び2については認め、刊行物3については12頁19行「25℃」から末行「オーダーである」までは争い、その余は認める。その余の部分は争う。

(3)  同5Ⅱ(請求項2に係る発明についての対比、判断。決定書14頁8行ないし15頁4行)のうち、14頁8行から15行「記載されており、」までは認め、その余は争う。

(4)  同5Ⅲ(請求項3に係る発明についての対比、判断。決定書15頁6行ないし17頁9行)のうち、15頁6行ないし16頁末行は認め、その余は争う。

(5)  同5Ⅳ(請求項4に係る発明についての対比、判断。決定書17頁11行ないし18頁6行)のうち、17頁11行から17行「記載されており、」までは認め、その余は争う。

(6)  同6(むすび)は争う。

2  取消事由

決定は、次のとおり、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(なお、以下、フロン系冷媒の名称をRを接頭辞とする略称で補う場合は、[]書きで表示する。)

(1)  取消事由1(本件請求項1に係る発明における一致点の認定の誤り)

決定は、「刊行物3には、ネオペンチルグリコールと2-エチルヘキサン酸とのエステル油の25℃での体積抵抗率については記載されていないが、本件明細書の冷凍機油a、刊行物2及び参考資料(本訴甲第10号証)の記載からみて、1013ないし1014Ω・cmのオーダーであると認められる。」(決定書12頁8行ないし13行)と認定し、請求項1に係る発明と刊行物3に記載の発明とは、「25℃での体積抵抗率が1013ないし1014Ω・cmオーダーである」(同12頁19行、末行の一部)点で一致すると認定するが、誤りである。

ア 決定は、同じ物質であるネオペンチルグリコールと2-エチルヘキサン酸とのエステル油の80℃での体積抵抗率が刊行物2に記載されていることから、刊行物3のエステル油の25℃での体積抵抗率も刊行物2と同じく1013ないし1014Ω・cmのオーダーであると認定したものであるが、エステル油合成の原料が同じであっても、原料化合物の純度の違いあるいは反応中の不純物の混入等の影響を受け、得られるエステル油の体積抵抗率は同じではないから、決定の上記認定は誤りである。

イ 甲第16号証(開米貴作成の実験報告書)によれば、刊行物3の追試結果で得たエステル油の体積抵抗率は1012Ω・cmオーダーであり、特別の精製処理をしないと1013Ω・cmオーダーにならない。なお、甲第16号証の実験条件は、刊行物3においてエステル油の製造条件として開示されている唯一の条件を採用しているものであり、また、化学業界において、反応生成物を精製することなく使用することは珍しいことではないから、精製に言及していない刊行物3に記載の条件で製造した反応生成物の評価を精製を行う前の反応生成物に対して行うことは、刊行物3の忠実な追試である。

ウ さらに、モーター内蔵型の冷凍機(ハーメチックタイプ)には高い絶縁性が求められるが、刊行物3には、ハーメチックタイプの冷凍機について言及されていないから、刊行物3に記載のエステル油について、1013Ω・cmオーダーの体積抵抗率のものが当然であると解することもできない。

(2)  取消事由2(本件請求項1に係る発明における相違点についての判断の誤り)

決定は、「刊行物4には、水素含有フロン系の冷媒としてジフルオロメタン[R-32]とペンタフルオロエタン[R-125]の混合冷媒が記載されており、刊行物4に記載の水素含有フロン系混合冷媒を用いる際の冷凍機油として、刊行物1乃至刊行物3に記載の水素含有フロン系の冷媒との相溶性に優れた冷凍機油を用いることは当業者が容易になしうることである。」(決定書13頁12行ないし18行)と判断するが、誤りである。

ア(ア) 本件請求項1に係る発明の目的は、モノクロロジフルオロメタン(R-22)の代替品となる冷媒用の冷凍機油を提供するものであり(本件明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明【0001】)、R-22が使用されていた従来の冷凍機の構造をほとんど変更することなく代替できるようにしたものである。R-22の代替物としては、R-32、R-125及びそれらを含有する混合冷媒があるが、本件請求項1に係る発明においては、この混合冷媒を対象としたものである(同【0001】、【0004】)。

(イ) 他方、刊行物1に記載の発明は、新しい冷媒であるHFC-134a(1,1,1,2-テトラフルオロエタン=R-134a)、HFC-134(1,1,2,2-テトラフルオロエタン=R-134)、HFC-152a(1,1-ジフルオロエタン=R-152a)等の塩素を含まない水素含有冷媒を使用する冷凍機用の潤滑油を提供するものであり(甲第4号証2頁左下欄)、中でもR-134aが出現し始めたこと(同1頁右欄)、R-134aがジクロロジフルオロメタン(R-12)の代替材料であり、R-134a用の冷凍機油が種々検討されてきたが、欠点があったこと(同2頁左上欄ないし左下欄)、R-134aと相溶するエステルを求めて検討したこと(同2頁左下欄ないし右下欄)、そして、実施例を含めあらゆる評価がR-134a冷媒に対してなされていること(同2頁右下欄以降)が認められる。

以上からすると、刊行物1に記載の発明の目的は、主対象がR-12の代替材料としてのR-134aに焦点を合せた冷凍機油の提供にある。

刊行物2に記載の発明も、刊行物1に記載の発明と同じく、主対象がR-12の代替材料としてのR-134aに焦点を合せた冷凍機油の提供を目的とするものである。

刊行物3に記載の発明は、R-12の代替品であるフルオロエタン系冷媒用の冷凍機油を提供するものであり(甲第6号証1頁、2頁)、具体的なフルオロエタン系冷媒としてR-134a、1,1,1,2-テトラフルオロ-2-クロロエタン(R-124)、R-125、1,1-ジフルオロ-1-クロロエタン(R-142b)、1,1,1-トリフルオロエタン(R-143a)、R-152aが挙げられている(同4頁)。そして、全実施例がR-134aに関するものである。

(ウ) 以上のことから明らかなように、本件請求項1に係る発明と刊行物1ないし3に記載の発明とでは、前者がR-22の代替物冷媒の冷凍機油を目的としているのに対し、後者ではR-12の代替物の冷凍機油を目的とするもので、発明の目的が明らかに異なっている。

イ(ア) このような発明の目的の相違は、発明が創出された背景が異なっていることから来るものである。

すなわち、一般にフロンと称せられているものは、クロロフルオロカーボン(炭素、フッ素、塩素からなる化合物)、その塩素の一部が水素で置換されたハイドロクロロフルオロカーボン(炭素、水素、フッ素、塩素からなる化合物)、塩素を含有しないハイドロフルオロカーボン(炭素、水素、フッ素からなる化合物)を包含するものであり、これらが冷媒として使用可能であることは古くから知られていた。しかし、実際に汎用的に使用されてきたのは、R-12(クロロフルオロカーボンに該当する化合物)及びR-22(ハイドロクロロフルオロカーボンに該当する化合物)を代表例とする数種のものにすぎなかった。

ところが、これらがオゾン層を破壊する原因物質となっているということが明らかになってきたところから、その代替材料が求められるようになってきたが、オゾン層破壊の問題の大きいR-12を代表例とするクロロフルオロカーボンの使用を禁止することが第1優先課題とされたため、その代替物の開発が緊急かつ重要な課題であった。本件出願当時、当業界においてR-12の代替物としてもっとも注目されていたのはR-134aであり、実使用も開始された。しかし、冷凍機油に関してR-12用として使用されていたものがそのまま使用できないことが大きな問題となり、R-134a用に適した冷凍機油を開発することが急務となっていた。

(イ) 本件請求項1に係る発明は、このような状況の下に、R-12の代替物ではなく、R-12ほどではないがやはりオゾン層破壊の問題があるハイドロクロロフルオロカーボンであるR-22についての代替物を冷媒とするものを対象としたものであり、R-22(沸点:-41℃)が使用されていた従来の冷却システムへの適合を目指し、R-12(沸点:-30℃)やR-134a(沸点:-26℃)よりはるかに沸点が低く、R-22の沸点と近似し、それより沸点のさらに低いR-32(沸点:-52℃)及びR-125(沸点:-49℃)の使用を目論んだものである。

この場合、分子量から容易に推測されるように、単位重量当たりの蒸発潜熱は、R-32(分子量:52、蒸発潜熱:390kJ/kg)はR-22(分子量:86.5、蒸発潜熱:233.3kJ/kg)のそれより著しく高く、R-125(分子量:120、蒸発潜熱:165kJ/kg)のそれはR-22のそれより低い。したがって、R-22並み又はそれ以上の冷凍能力を期待するためには、R-32の使用が必須であった。

(ウ) このような背景から、本件請求項1に係る発明においては、R-32とR-125を含む混合冷媒の冷凍機油を探索したものであり、刊行物1ないし3におけるR-134aの冷凍機油の探索とは目的が異なるものである。

ウ(ア) R-32用冷凍機油の開発において、本件発明者らは、R-32は、R-134a同様に、従来R-12やR-22に使用されていた冷凍機油に対する溶解性が著しく異なることを見いだすとともに、同じ塩素不含有のハイドロフルオロカーボンに属するものではあるがR-134aとも冷凍機油に対する性質が顕著に異なっており、R-134a用に開発された冷凍機油をそのまま利用することができない場合があることを見いだし、その課題解決に取り組んだ。

すなわち、R-134aは炭素数2のハイドロフルオロカーボンであるのに対し、R-32は炭素数1のハイドロフルオロカーボンであり、分子構造、分子量、極性が異なる上、沸点や蒸発潜熱が異なるが、このような相違に起因して、以下のとおり、冷媒としての性質が異なることはもちろん、溶媒に対する溶解性が異なっている。このことは、R-134a用の冷凍機油を選定するより、R-32/R-125混合冷媒用の冷凍機油を選定するほうがはるかに難しいことを示しているし、またR-134aのデータが上記混合冷媒の冷凍機油の選定材料にならないことを示している。

(イ) 例えば、刊行物1では、炭素数15以下の3価以上の多価アルコールと炭素数18の1価脂肪酸のエステルが使用可能とされているが、本件請求項1に係る発明で特定されているR-32とR-125の混合冷媒に対しては使用することができない。すなわち、本件明細書比較例4(甲第2号証6頁)において、「ユニスターH381」(トリメチロールプロパンとオレイン酸(上記刊行物1における「炭素数18の1価脂肪酸」に該当)とのエステル)に対して、R-32、R-125及びその混合物は、いずれも「不溶」となっている。

(ウ) また、刊行物1第6表には、A-12のエステル油の各種冷媒に対する相溶性が「二層分離温度」として示されているが(「二層分離温度」とは、それ以下の温度では、両者が二層に分離する温度であり、この温度が低いほど、相溶性が良いことを示す。)、R-134aの二層分離温度は-50℃以下であり、低温における相溶性が良いことを示しているが、同じエステル油をR-32とともに使用した場合には、二層分離温度は-6℃であり(本件明細書の実施例2参照)、R-32の相溶性が相当に悪い。

(エ) さらに、甲第13号証(高橋仁作成の実験報告書)によれば、エステル油の一種であるジオクチルアジペートに対するR-134aの二層分離温度は-22℃であるが、R-32では室温でも相溶せず、R-32/R-125混合冷媒の二層分離温度は-8℃である。

また、ポリエーテル系の冷凍機油の一種であるポリオキシプロピレン・ポリオキシエチレングリコールのメチルエーテルやジメチルエーテルに対して、R-134aの二層分離温度は-50℃以下であるが、R-32及びR-32/R-125混合冷媒では室温でも相溶しない。このようにR-134aに比べR-32の溶解性が悪いことは、極性の相違に基づくものである(甲第12号証(特開平6-17073号公報)2頁)。

(オ) さらに、R-32及びR-125とR-134aは、熱安定性において、エステルへの着色傾向に差異がある。

例えば、本件明細書における比較例3(表3)と刊行物1における比較例C-1(第3表)を対比すると、ジオクチルセバケートを冷凍機油に使用した場合、R-32やR-125の方が着色傾向が強いことを示している。

また、本件明細書における比較例4によれば、刊行物1に記載の発明の範囲に含まれ、本件請求項1に係る発明の対象とするエステルと類似のエステルであっても、適切なものを選択しないと着色が大きいことを示している。このことは熱安定性においても、R-134aのデータが、必ずしもR-32やR-32/R-125混合冷媒の熱安定性を推測する材料にならないことを示している。

エ(ア) 被告は、刊行物1ないし3の冷凍機油には各種ハイドロフルオロカーボン冷媒を視野に入れた相溶性に優れた冷凍機油であることが記載されおり、具体的にはR-125等が挙げられている旨主張する。

しかしながら、本件請求項1に係る発明では、R-125単独では蒸発潜熱が小さすぎてR-22の代替物にすることはできず、あくまでR-32のようなものと併用することが前提とされている。R-125は、R-12と同じ分子量が120のものであり、蒸発潜熱の点からいえば単独使用の場合はむしろR-12に類似した冷媒である。したがって、刊行物3等にR-125が記載されていることをもって、単純に刊行物3等における冷凍機油の開発の目的がR-12の代替品のみに限定されたものでないと結論づけるべきではない。

(イ) 被告は、本件請求項1に係る発明においてR-32/R-125混合冷媒の混合割合が限定されていない旨主張する。

しかしながら、本件請求項1に係る発明の冷媒はR-32を必須成分とする混合冷媒であり、R-125冷媒が主成分となるものが含まれるといっても、R-32がその配合による影響が現れる程度の実質的量が配合されているものを対象とするものである。したがって、相溶性を含めR-125冷媒に対する評価が全くされていない刊行物3等からこれら混合冷媒に対する評価は、当業者といえども容易に予測することができるものではない。

(ウ) 被告は、開発した冷媒に対しての冷凍機油の選定を考える際に、その冷媒と同系統の公知の冷媒に対して適用可能なことが知られている冷凍機油について適用の適否を検討し選定することは冷媒の分野で普通に行われる手法であり、その場合に、使用面で有利な冷凍機油が知られていればそれに着目することは当然である旨主張するが、刊行物1ないし3記載の炭素数2の水素含有フルオロエタンと炭素数が1であるR-32とでは、分子量、分子構造、極性などに差があり、それに基づく物性差を考慮すると、刊行物1ないし3記載の水素含有フルオロエタンと本件請求項1に係る発明の混合冷媒を直ちに同系統のものであるとすることは誤っている。特に、刊行物3記載のものは、塩素を含有する水素含有フルオロエタンを含んでおり、これら炭素数2のものと、塩素を含有せず炭素数1のR-32を必須成分として含有するR-32/R-125混合冷媒を同系統のものとする見解には大きな誤りがある。

(3)  取消事由3(本件請求項1に係る発明における顕著な効果の看過)

決定は、「本件発明の有する、冷媒との相溶性に優れ、高い電気絶縁性を有し、吸湿性が低く加水分解安定性が高い等の作用効果も、刊行物1乃至刊行物4の記載から当業者が予測しうる程度のものである。」(決定書13頁19行ないし14頁3行)と判断するが、誤りである。

ア 相溶性

相溶性に関しては、刊行物1ないし3の開示内容からは、R-32の各エステル油に対する相溶性は全く予測することができない。

すなわち、本件明細書(甲第2号証)の実施例2ないし4及び6から明らかなように、2層分離温度が高いR-32を半量も含む本件請求項1に係る発明の対象となる混合冷媒C(R-32/R-125/R-134a)の2層分離温度が、R-125と同等の2層分離温度を示している。さらに、混合冷媒Cに対して相溶性が優れていることについては、すべての実施例において明らかにされていることである。

このような効果は、刊行物1ないし3から予想されることとはいえない。

イ 熱安定性

熱安定性についても、R-134aのデータがそのまま適用し得るものではないので、本件請求項1に係る発明において熱安定性が優れることは、刊行物1ないし3から予想されるものではない。

ウ 加水分解安定性

(ア) 加水分解安定性については、本件明細書の実施例1ないし6において優れることが示されている一方、エステルとして適当なものを選択しないと劣ることを比較例3ないし5において示している。このような効果は、刊行物1ないし3の教示するところではない。

(イ) 決定においては、吸湿性が低いことと加水分解安定性が優れることを同義に捉えているが、それぞれの試験方法を対比すれば明らかなように、両者は全く異なる試験であり、これらを同一視することは誤りである。すなわち、吸湿性は、エステル油それ自体の吸湿性を測定するのに対し、加水分解安定性は、冷媒共存下における加水分解促進試験により測定するものであり、両者の結果が意味するところは同じではない。

(ウ) 被告は、乙第1号証に基づき、加水分解安定性は一般的な化学常識から当業者が予測し得るものである旨主張する。

しかしながら、本件明細書における実施例1ないし6と比較例4を対比すれば明らかなように、ポリオールエステルの中でも加水分解安定性に大差があることが分かる。したがって、刊行物1ないし4と一般常識である乙第1号証の記載を考慮しても、本件請求項1に係る発明における加水分解安定性が当業者の予測の範囲内のものであるとはいえない。

(4)  取消事由4(本件請求項2ないし4に係る発明)

決定の本件請求項2ないし4に係る発明についての判断も、前記(1)ないし(3)と同様の理由により、誤りである。

第4決定の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の決定の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(本件請求項1に係る発明における一致点の認定の誤り)について

ア 本件明細書に記載の冷凍機油a、刊行物2及び刊行物3に記載された冷凍機油では、冷凍機油の成分であるエステルを合成する際に、原料や反応条件等について特別な条件を設定して製造されたものであるとは記載されていないので、いずれの冷凍機油も、当然実際の使用に耐える程度の純度のものであるはずであるから、それぞれに記載の機油の体積抵抗率も同程度のものが用いられていると考えられる。

イ 原告は、甲第16号証(開米貴実験報告書)に基づく主張をするが、上記実験は、ある条件での追試生成された1つのポリオールエステルについての物性測定の結果にすぎず、化学反応は条件が異なれば生成物の状態(特に、体積抵抗率を変化させる原因となる未反応の原料や副生水等の不純物の存在及びその量)が変わることは技術常識であるから、甲第16号証の実験結果だけから、刊行物3に記載された方法では25℃での体積抵抗率が1013Ω・㎝オーダーの冷凍機油が得られないとすることはできない。また、化学反応を行った際に、原料の転化率が100%となることは技術常識的にみてないことであり、反応系には未反応の原料や副産物が混入していることは当業者にとって自明のことであるので、合成された化合物に対する評価を行う際に、不純物の含まれることが明らかな精製処理前の状態で評価を行うことは、化学常識からして正当な評価とはいえない。甲第16号証の精製物の測定結果によれば、適当な精製処理のなされた合成化合物自体は所定の体積抵抗率を有していることが明らかである。

ウ 原告は、ハーメチックタイプの冷凍機について言及していない刊行物3記載のエステル油について、1013Ω・㎝オーダーの体積抵抗率のものと認定することはできない旨主張する。

しかしながら、刊行物3には、その冷凍機油の使用対象冷媒として「冷蔵庫」用の冷媒への適用に触れた記載があり(甲第6号証1頁右下欄1行ないし7行、2頁左上欄10行ないし13行)、冷蔵庫用冷媒の冷凍機油であれば、80℃での体積抵抗率が1012ないし1013Ω・㎝オーダーである高い電気絶縁性を示す冷凍機油が要求されるから、刊行物3に記載された冷凍機油の体積抵抗率は、モータ内蔵型に要求される高い電気絶縁性、すなわち25℃での体積抵抗率が1013ないし1014Ω・㎝オーダーのものを当然包含しているものである。

(2)  取消事由2(本件請求項1に係る発明における相違点についての判断の誤り)について

ア 開発した冷媒に対しての冷凍機油の選定を考える際に、その冷媒と同系統の公知の冷媒に対して適用可能なことが知られている冷凍機油について適用の適否を検討し選定することは、冷媒の分野で普通に行われる手法であり、その場合に、使用面で有利な冷凍機油が知られていれば、それに着目することは当然のことである。

したがって、仮に本件請求項1に係る発明と刊行物3の冷凍機油の発明創出の背景に一部相違があったとしても、冷凍機油がR-12冷媒の代替冷媒用であるかどうかということは、特に問題とされることではない。

しかも、刊行物1ないし3には、各種ハイドロフルオロカーボン冷媒を視野に入れた相溶性に優れた冷凍機油であることが記載され、具体的には、R-124、R-125、R-134、R-134a、R-142b、R-143a、R-152aが挙げられており、刊行物1ないし3の冷凍機油は、R-134a冷媒に対してのみ相溶性の優れている冷凍機油ではない。

したがって、刊行物4のR-32/R-125混合冷媒に対する冷凍機油として、これと同系統のハイドロフルオロカーボン冷媒に対して相溶性の優れ、かつ熱安定性、低吸湿性、絶縁性等の冷凍機油として求められる性能面においても優れていることが既に知られている刊行物1ないし3の冷凍機油を適用することは、当業者が容易になし得ることである。

イ 原告は、R-134a用の冷凍機油として公知のものがあったとしても、それが直ちにR-32/R-125混合冷媒に適合しているかは分からない旨主張している。

しかし、本件請求項1に係る発明は、R-32/R-125混合冷媒において混合割合を限定していないから、R-125冷媒が主成分となる混合冷媒も含まれ、他方、前記のとおり、刊行物3には、開発された冷凍機油がR-125冷媒と相溶性に優れることが記載されているので、R-125冷媒が主成分となる混合冷媒については、刊行物3の冷凍機油と相溶性のあることは当業者が当然予測することができることである。また、刊行物3の冷凍機油は、相溶性以外の特性も良好であるので、該機油がR-32/R-125混合冷媒に適合するかどうか分からないとすることはできない。

ウ 原告は、刊行物4に刊行物1ないし3を適用することができない理由として、R-134aに対して相溶性のよいとされる刊行物1のエステルからなる冷凍機油において、エステルの構成成分として使用可能とされている一価脂肪酸の炭素数が18のオレイン酸を選択して合成した場合、刊行物1の冷凍機油は、R-134aの場合と異なり、R-32、R-125及びR-32/R-125混合冷媒に対しては、「不溶」となり、冷媒に対する溶解性が異なる点、及びR-32やR-125の冷媒の方が、R-134a冷媒に比べて冷凍機油であるエステルへの着色傾向が強く、適切な冷凍機油を選択しないと着色が大きくなる点を挙げるしかしながら、刊行物1には、好ましい冷凍機油として、「1価脂肪酸の炭素数を2~18に制限するのは、炭素数が19以上になるとHFC-134aと合成後のエステルとの相溶性が極端に悪くなるためであり、1価脂肪酸として好ましいものは炭素数3~10の直鎖または分枝のものである。」(甲第4号証3頁左上欄19行ないし右上欄3行)と記載され、その好ましい炭素数は、本件請求項1に係る発明における脂肪酸の炭素数「3~12」の範囲内のものである。原告が指摘する例は一価脂肪酸の炭素数が18のものであり、この炭素数においては、冷媒との相溶性が悪く、着色傾向の強くなることを示すだけのものであり、この事実だけから、上記好ましいとしている炭素数3~10の一価脂肪酸で合成されるエステルからなる冷凍機油の適用が思い止まらされるというものではない。

原告は、刊行物1の実施例であるA-12の冷凍機油のR-32冷媒に対する二層分離温度がR-134aの場合の-50℃以下に比べて-6℃と高く(本件明細書の実施例2参照)、R-32の溶解性が相当に悪い点を挙げるが、この点は、刊行物1ないし3の冷凍機油が、R-32/R-125混合冷媒に適さないことを示すものではない。

原告は、従来のジエステルないしエーテル系の冷凍機油がR-32冷媒及びR-32/R-125混合冷媒との相溶性が悪い点(甲第13号証の実験証明書)を挙げる。

しかしながら、甲第13号証の比較実験で使用されている冷凍機油は、刊行物1ないし3においても、比較例(甲第4号証の第2表、甲第5号証の第2表、甲第6号証の表-1)として挙げられているジエステルないしエーテルと同系統の冷凍機油であり、この甲第13号証の実験証明書の結果が、刊行物1ないし3の冷凍機油の適用の着想を思い止まらされるというものではない。

(3)  取消事由3(本件請求項1に係る発明における顕著な効果の看過)について

本件請求項1に係る発明の奏する効果は、刊行物1ないし4から当業者の予測し得る範囲内のものである。

ア 相溶性について

刊行物3には、その冷凍機油がR-125冷媒に対して相溶性のよいことが記載されているところ、このR-125冷媒は、刊行物4のR-32/R-125混合冷媒の一方の成分である。また、本件請求項1に係る発明は、R-125冷媒を主とした混合冷媒を含むものである。

原告は、R-32を半量含むようなR-32/R-125混合冷媒がR-125並みの溶解性を示すことは予想し得ないことである旨主張するが、本件請求項1に係る発明においては、混合冷媒の配合比が限定されていないから、原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、失当である。

イ 熱安定性について

刊行物1ないし3には、それらの冷凍機油の効果として熱安定性に優れ、高い絶縁性を示すことが記載されているので、刊行物1ないし3の冷凍機油をR-32/R-125混合冷媒に適用した際にも、熱安定性、高い絶縁性を示すことは予測し得ることである。

ウ 加水分解安定性について

(ア) ポリオールエステルと他のジエステル等とは、化学構造上の差があるため、前者が加水分解を受けにくいことは一般的な化学常識であり、ポリオールエステル(刊行物1ないし3の冷凍機油の成分)が、加水分解に対して安定であることは、当業者が予測し得ることである(乙第1号証)。

(イ) 原告は、本件明細書における実施例1ないし6と比較例4を対比すればポリオールエステルの中でも加水分解安定性に大差があることが分かる旨主張するが、本件請求項1に係る発明の冷凍機油の加水分解に対する安定性を比較例4との関係で評価しなければならない理由はない。

(4)  取消事由4、5(本件請求項2ないし4に係る発明)について

前記(1)ないし(3)に照らすと、刊行物5(甲第8号証)のR-32/R-125/R-134a混合冷媒に対する冷凍機油として、刊行物1ないし3(甲第4ないし第6号証)の冷凍機油を適用することは、当業者が容易になし得ることであり、それによって生じる作用効果も予測し得る範囲内のものであるから、決定の本件請求項2及び請求項4に係る発明についての判断にも誤りはない。

また、前記(1)ないし(3)のとおり、刊行物4(甲第7号証)のR-32/R-125混合冷媒に対する冷凍機油して、刊行物1、2(甲第4、第5号証)の冷凍機油を適用することは、当業者が容易になし得ることであり、それによって生じる作用効果も予測し得る範囲内のものであるから、決定の本件請求項3に係る発明についての判断にも誤りはない。

理由

1  取消事由1(本件請求項1に係る発明における一致点の認定の誤り)について

(1)ア  甲第5号証によれば、刊行物2には、「本発明に係るエステルとして、2価アルコールとしてネオペンチルグリコールを用いた第1表に示すA-1~8の供試油・・・を使用して冷媒HFC-134a冷凍機用潤滑油としての性能を評価した。・・・なお、エステルは、次のように合成して得た。実施例1の試製油の場合、第1表に示すモル%の割合で混合した1価脂肪酸(ペンタン酸、オクタン酸及び2-エチルヘキサン酸)と多塩基酸(実施例1の場合、多塩基酸を含んでいないが)の混合物とネオペンチルグリコールを、前記混合物中のカルボキシル基と、アルコール中の水酸基の量が等量となる割合で、撹拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた四つ口フラスコに仕込み、窒素気流下230度で8時間、留出する水を系外に除きながらエステル化反応を行い、さらにその後、減圧(2~3mmHg)にして同じ温度で2時間反応を行って実施例1の試製油A-1を得た。その他の実施例2~8についても同様にエステル化反応を行い試製油A-2~A-8を得た。」(4頁右下欄6行ないし5頁左上欄10行)、「評価結果は第3表に示すとおりである。」(7頁左上欄1行)と記載され、その第1表(5頁)及び第3表(6頁)には、供試油A-7につき、分枝脂肪酸C8(引用者注;2-エチルヘキサン酸)100モル%を使用した旨及び80℃での体積抵抗率(Ω・cm)が2.6×1013である旨記載されていることが認められ、これらの記載によれば、カルボキシル基とアルコール中の水酸基の量が等量となる割合のネオペンチルグリコールと2-エチルヘキサン酸とを、窒素気流下、230℃で8時間エステル化反応を行い、その後、減圧(2~3mmHg)にして同じ温度で2時間反応を行う合成法で得られたネオペンチルグリコールと2-エチルヘキサン酸とをエステル化反応して得られたエステル油からなる潤滑油(冷凍機油)の80℃での体積抵抗率(Ω・cm)は1013オーダーであったことが認められる。

そして、甲第6号証によれば、刊行物3には、実施例として、「1lの4つ口フラスコに撹拌機、温度計、窒素吹き込み管、及び冷却器付きの脱水管を取り付けた。ネオペンチルグリコール104g(1.0mol)とカプリル酸288g(2.0mol)を前記フラスコに取り、窒素気流下240℃で10時間エステル化反応を行い本発明品1のエステルを得た。また表-1に示すアルコール及びカルボン酸を用い、以下同様な反応を行って本発明品2~10及び比較品1~6のエステルを得た。」(4頁右下欄2行ないし10行)と記載され、表-1(5頁)には、「本発明品2」のアルコール欄に、ネオペンチルグリコール、カルボン酸の欄(mol 対アルコール1mol)に、2-エチルヘキサン酸(2.0)と記載されていることが認められ、この合成方法は上記刊行物2に記載の合成方法とほぼ同様なものであると認められる。

そうすると、刊行物3の実施例1に「本発明品2」として記載された冷凍機油の80℃での体積抵抗率(Ω・cm)も1013オーダーであり、しかも、当業者によりそのように認識されるものと認められる。

イ  さらに、甲第10号証(「改訂版潤滑ハンドブック」養賢堂昭和62年9月10日発行225頁、226頁)に、潤滑油の電気特性の温度による影響について記載され、体積抵抗率は温度の上昇に伴って低下し、25℃における体積抵抗率は、80℃における体積抵抗率の約10倍であることが示されていること(決定書10頁4行ないし11行)は当事者間に争いはなく、このような温度と体積抵抗率との関係は、昭和62年に発行された潤滑油の分野における基本的文献と認められる甲第10号証に記載されていることからすると、当業者にとって技術常識に属する事項であると認められる。

ウ  そうすると、刊行物3には、ネオペンチルグリコールと2-エチルヘキサン酸とのエステル油の25℃での体積抵抗率(Ω・cm)が1013ないし1014Ω・cmのオーダーであることが開示されているものと認められる。

エ  これに反する原告の甲第16号証の実験結果に基づく主張、刊行物3にハーメチックタイプの冷凍機について言及がされていないこと等に基づく主張は、上記認定を左右するものではない。

(2)  よって、決定には、刊行物3の記載事項の認定の誤り、本件請求項1に係る発明と刊行物3に記載の発明との一致点の認定の誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(本件請求項1に係る発明における相違点についての判断の誤り)について

(1)ア  刊行物1ないし3に記載のエステル油はペンタフルオロエタン[R-125]、テトラフルオロエタン[R-134a]、ジフルオロエタン[R-152a]等の水素含有フロン系の冷媒との相溶性に優れることが記載されていること(決定書13頁8行ないし11行)は、当事者間に争いがない。

イ  当事者間に争いのない刊行物4の記載事項(決定書8頁13行ないし17行)によれば、刊行物4には、水素含有フロン系の冷媒としてジフルオロメタン[R-32]とペンタフルオロエタン[R-125]の混合冷媒が記載されているものである。

ウ  したがって、刊行物4に記載の水素含有フロン系の冷媒を用いる際の冷凍機油として、水素含有フロン系の冷媒との相溶性に優れることが記載されている刊行物1ないし3に記載のエステル油を用いることは、当業者が容易になし得ることと認められる。

(2)ア  原告は、刊行物4に記載の発明に刊行物1ないし3に記載の発明を適用することが容易になし得たものといえないことの根拠として、本件請求項1に係る発明と刊行物1ないし3に記載の発明とでは、前者がR-22の代替物冷媒の冷凍機油を目的としているのに対し、後者ではR-12の代替物冷媒の冷凍機油を目的としているという発明の目的の相違及び発明が創出された背景の相違を主張する。

しかしながら、甲第4ないし第6号証によれば、刊行物1ないし3に記載の発明においても、「従来技術では、R-12、R-22等のフロンが使用されているが、オゾン層破壊問題に関連し、これへの影響がない新しいタイプの冷媒が出現していること」及び「従来の冷凍機油がR-12やR-22系の冷媒とともに用いられてきたものであること」を明確に指摘し(甲第4号証1頁右下欄9行ないし19行、2頁左下欄17行ないし右下欄1行。甲第5号証1頁右下欄末行ないし2頁左上欄10行、2頁右下欄8行ないし12行。甲第6号証1頁右下欄1行ないし7行、2頁左下欄9行ないし右下欄13行)、これを前提にして、R-12やR-22の代替物冷媒に適用すべき冷凍機油の開発を目的としていることが認められ、発明の目的や発明が創出された背景に原告主張のような相違があるということはできない。

のみならず、仮に原告主張のような相違点があるとしても、このことから、刊行物4に記載の発明に刊行物1ないし3に記載の発明を適用することが困難であったとすべき技術的な理由も認め難い。

イ  原告は、刊行物1ないし3記載の炭素数2の水素含有フルオロエタンと炭素数が1であるR-32とでは、分子量、分子構造、極性などに差があり、それに基づく物性差を考慮すると、刊行物1ないし3記載の水素含有フルオロエタンと本件請求項1に係る発明の混合冷媒を直ちに同系統のものであるとすることは誤っている旨主張する。

しかしながら、本件請求項1に係る発明は、R-32とR-125との混合割合を限定していないものであるから、R-125が混合割合の大部分を占める混合冷媒も含むところ、刊行物1ないし3には、前記のとおり、エステル油がR-125等の水素含有フロン系の冷媒との相溶性に優れることが記載されているものであるから、本件請求項1に係る発明はR-32がその配合による影響が現れる程度の実質的量が配合されているものを対象とすることを前提として刊行物1ないし3記載の水素含有フルオロエタンとR-32との物性の差をいう原告の上記主張は採用することができない。

ウ  原告は、刊行物4に刊行物1ないし3を適用することができない理由として、R-134aに対して相溶性のよいとされる刊行物1のエステルからなる冷凍機油において、エステルの構成成分として使用可能とされている一価脂肪酸の炭素数が18のオレイン酸を選択して合成した場合、刊行物1の冷凍機油は、R-134aの場合と異なり、R-32、R-125及びR-32/R-125混合冷媒に対しては、「不溶」となり、冷媒に対する溶解性が異なる点、及びR-32やR-125の冷媒の方が、R-134a冷媒に比べて冷凍機油であるエステルへの着色傾向が強く、適切な冷凍機油を選択しないと着色が大きくなる点を挙げる。

しかしながら、決定は、刊行物1記載のもののうち、「トリメチロールプロパンおよびペンタエリスリトールから選ばれる1種類の多価アルコールと炭素数3~12の1価脂肪酸より合成され(た)・・・エステル油」(決定書11頁9行ないし13行)を引用し、それに刊行物4記載のものを適用することは容易である旨(決定書13頁12行ないし18行)判断しているものであるから、決定が引用していない一価脂肪酸の炭素数18のオレイン酸から合成されたエステルのR-125等との溶解性の違いや、R-125等存在下での着色傾向の違い、さらには、決定が引用していないジオクチルセバケートのR-125等存在下での着色傾向の違いは、上記エステル油についての決定の判断に影響を与えるものではなく、原告の上記主張は採用することができない。

エ  原告は、刊行物1の実施例であるA-12の冷凍機油のR-32冷媒に対する二層分離温度がR-134aの場合の-50℃以下に比べて-6℃と高く(本件明細書の実施例2参照)、R-32の溶解性が相当に悪い点や従来のジエステルないしエーテル系の冷凍機油がR-32冷媒及びR-32/R-125混合冷媒との相溶性が悪い点(甲第13号証)を挙げる。

しかしながら、前記のとおり、本件請求項1に係る発明は、R-125が混合割合の大部分を占める混合冷媒も含むものであるから、原告指摘の上記の点は、R-125が混合割合の大部分を占める混合冷媒については理由とならず、原告の上記主張は採用することができない。

(3)  よって、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(本件請求項1に係る発明における顕著な効果の看過)について

(1)  相溶性について

前記2に説示したところからすると、本件請求項1に係る発明の奏する相溶性がよいとの効果も、刊行物1ないし4から予想されることであると認められる。

原告は、2層分離温度が高いR-32を半量も含む本件請求項1に係る発明の対象となる混合冷媒C(R-32/R-125/R-134a)の2層分離温度がR-125と同等の2層分離温度を示していること等を主張する。

しかしなから、前記のとおり、本件請求項1に係る発明はR-125が混合割合の大部分を占める混合冷媒も含むものであるから、原告の上記主張は、本件請求項1に係る発明のうちの一部のものが奏する効果を主張しているにすぎず、採用することができない。

(2)  熱安定性について

甲第4号証(6頁左下欄2行ないし8行、10頁左上欄1行ないし6行)、甲第5号証(7頁左上欄2行ないし8行、10頁左上欄1行ないし5行)及び甲第6号証(4頁左下欄13行ないし15行)によれば、刊行物1ないし3には、刊行物1ないし3に記載の発明の冷凍機油の効果として、熱安定性に優れ、高い絶縁性を示すことが記載されているものであるから、本件請求項1に係る発明が熱安定性に優れることは、刊行物4に刊行物1ないし3を適用することによって当然奏すると予測される範囲内のものと認められる。

(3)  加水分解安定性について

原告は、本件明細書の実施例1ないし6に示されている加水分解安定性は刊行物1ないし3の教示するところではない旨主張する。

しかしながら、甲第2号証によれば、本件明細書の表2及び表3に記載された結果は、冷凍機油の冷媒との混合状態における加水分解安定性を冷媒R-32のみを使用して評価したものであることが認められ(10欄10行、11行)、R-32/R-125混合冷媒によって評価したものではないから、原告の加水分解安定性が優れているとの主張は、本件明細書に直接裏付けがあるとはいえない効果を主張するものであって、採用することができない。

(4)  以上によれば、本件請求項1に係る発明における顕著な効果の看過をいう原告主張の取消事由3も理由がない。

4  取消事由4(本件請求項2ないし4に係る発明についての判断の誤り)について

取消事由1ないし3が理由がないことは前記のとおりであるから、これらの認定、判断に誤りがあることを前提として、決定の本件請求項2ないし4に係る発明についての判断に誤りがある旨の原告主張の取消事由4も理由がない。

5  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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